【制作史で読む】The Beatles「Across the Universe」──“同じ録音テイク”が何度も生まれ変わった曲

「Across the Universe」は、ビートルズの中でもちょっと変わった出世をした曲だ。
録音は1968年。なのに、世に出た形はいきなり“チャリティー盤(鳥の効果音つき)”。さらにアルバム『Let It Be』では豪華オーケストラで別人みたいな顔になる。
一度録った音が、編集とミックスでここまで姿を変える例はそう多くない。


1) ざっくり年表(迷子防止)

  • 1967年:ジョンが曲の核になるイメージを掴む(言葉が止まらない感覚)
  • 1968-02-04:アビー・ロード(EMI)で基本録音。タンブーラ等の持続音が入る
  • 1968-02-08:オーバーダブ&モノ・ミックス
  • 1969-12-12:チャリティー・アルバム『No One’s Gonna Change Our World』で初リリース(鳥の効果音+スピードアップ)
  • 1970-04-01:フィル・スペクターがオケ/コーラスを追加(後の『Let It Be』版)
  • 1970-05-08:『Let It Be』発売。一般的に一番有名な“スペクター版”が定着
  • 2003-11-17:『Let It Be… Naked』で“装飾を剥がした別ミックス”が登場
  • 2008-02-04:NASAがこの曲を深宇宙へ電波送信(タイトルを現実が追いかけた日)

2) 生まれ方がすでに“宇宙”っぽい

この曲の面白さは、最初から「物語の歌」よりも「意識の流れ」に寄ってるところだ。
ジョンは、頭の中に言葉が勝手に湧いて流れていく感覚をつかまえて、そこに音を乗せた。結果、ロックというより“漂う詩”みたいな方向に行く。

そして、当時のビートルズが傾倒していた超越瞑想(TM)の空気も混ざる。
曲中には短いマントラ 「Jai Guru Deva Om」 が出てくるが、これは長々と意味を説明するより「曲の温度を一定に保つ合図」みたいな役割だと思って聴くとしっくり来る。


3) 1968年2月4日:録音セッションの見どころ

録音場所はアビー・ロードのスタジオ。プロデュースはジョージ・マーティン。
この日のポイントは「音を盛らないのに、空気を濃くする」設計にある。

  • 土台はアコースティック寄りで、そこにタンブーラの持続音が絡む
  • リズムは強く前に出さず、声と響きが主役になる
  • そして有名な逸話がこれだ:
    ポールがスタジオ外で待っていたファンの少女2人(リジー・ブラヴォ/ゲイリーン・ピース)を呼び、コーラスを入れてもらった

“ビートルズの録音に、一般のファンが招き入れられて歌う”って、冷静に考えると異常にロマンがある。


4) なぜ初リリースが“チャリティー盤(鳥つき)”なのか

この曲、完成したのにしばらく表に出ない。そこで登場するのがスパイク・ミリガン
彼が企画していたWorld Wildlife Fund(世界自然保護基金)のチャリティー・アルバムに、この曲を入れようという流れが生まれる。

こうして1969年、コンピ『No One’s Gonna Change Our World』で初めて世に出る。
ただし条件つきだ。

  • “野生動物の企画”に合わせて、鳥の効果音が足される
  • さらに曲はスピードアップされ、雰囲気が少し明るく(軽く)なる

つまり初出の「Across the Universe」は、スタジオで生まれた原型そのままではなく、企画の都合で“別キャラ化”した姿だった。


5) 『Let It Be』版:スペクターが“宇宙”を足した

その後、この曲は『Let It Be(Get Back)』プロジェクトに組み込まれていく。
ただ、当時のセッションは混乱も多く、何を“公式版”にするかも定まらない。

そこで最終的に出てくるのが、プロデューサー フィル・スペクターの手。
彼はこの曲にオーケストラとコーラスを加え、広がりを強化した。テンポ感(体感)も変わり、曲はより“漂う”方向に寄る。

このスペクター版が1970年のアルバム『Let It Be』に収録され、以後いちばん有名な姿になる。


6) 『Let It Be… Naked』版:装飾を剥がすと、別の怖さが出る

2003年の『Let It Be… Naked』は「当初目指した“生っぽさ”へ戻す」企画。
ここに入った「Across the Universe」は、派手な飾りを外して、さらに別の顔を見せる。

  • スピード調整や効果音などを避け、より“素”に近づける
  • その代わり、独特のエコー処理で“無重力感”を強調する

同じ曲なのに、
スペクター版=宇宙の映像作品っぽい
Naked版=頭の中の独白っぽい
みたいに印象が割れる。ここが最高に面白い。


7) 聴き比べガイド(ここだけでOK)

  • WWF版(1969 初出)
    鳥の効果音+スピードアップ。ちょっと軽やかで、企画盤らしい“演出”が乗る
  • Let It Be版(1970)
    オケ/コーラスでスケールがでかい。包囲される感じが強い
  • Let It Be… Naked版(2003)
    装飾を剥がし、内側へ潜る。静かなのに妙に落ち着かない

おすすめは、同じ日に3つを流すこと。
「どれが正解か」じゃなくて、編集とプロデュースで“曲の人格”が変わるのを味わうのがこの曲の正しい遊び方だ。


8) そして2008年、曲名が現実になる

2008年2月4日、NASAがこの曲を深宇宙へ向けて送信した。
記念日や周年が重なったとはいえ、タイトルが「Across the Universe」な曲を選ぶのは出来すぎてる。
制作史の回り道まで含めて、この曲は最後に“宇宙”へ回収される。


まとめ(この曲の本質)

「Across the Universe」は、同じ録音テイクが“別の作品”に着替え続けた曲だ。
だからこそ、背景を知るほど深くなるし、バージョン違いで何度でも刺さる。


参考リンク(検証用)

  • Beatles Bible(1968-02-04 録音)
    https://www.beatlesbible.com/1968/02/04/recording-across-the-universe/
  • Beatles Bible(1970-04-01 オケ/コーラス追加)
    https://www.beatlesbible.com/1970/04/01/recording-across-the-universe-the-long-and-winding-road-i-me-mine/
  • チャリティー盤『No One’s Gonna Change Our World』
    https://en.wikipedia.org/wiki/No_One%27s_Gonna_Change_Our_World
  • 「Across the Universe」曲情報(版の履歴)
    https://en.wikipedia.org/wiki/Across_the_Universe
  • 『Let It Be… Naked』収録内容(Across the Universeのミックス説明あり)
    https://en.wikipedia.org/wiki/Let_It_Be…_Naked
  • NASA(2008年の宇宙送信:JPL公式)
    https://www.jpl.nasa.gov/news/nasa-and-the-beatles-celebrate-anniversaries-by-beaming-song-across-the-universe-into-deep-space/

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